翻訳・通訳は文化理解が命!
翻訳・通訳というと元の言語と変換する言語を理解していればできるもの、と思われるかもしれません。言語自体の理解は言うまでもなく不可欠ですが、言語というものは各国の文化によって生み出され、作られていくものです。背景となっている文化を理解しないことには、言葉を置き換える時、意味を取り違えてしまったり、逆の意味に訳してしまったりすることもあります。これは時に、歴史に残る誤訳になってしまうことすらあるのです…。
語り継がれる有名誤訳
言語への理解不足が後世に多大な影響を与えてしまったという意味で、有名な誤訳の話があります。400年頃、神学者でもあった聖職者のヒエロニムスが、旧約聖書をヘブライ語からラテン語に翻訳した時のことです。シナイ山から下山したモーゼの頭に「光輪があった」とすべきところを「角があった」と訳してしまったのです。ヘブライ語に母音を表す文字がないために誤読してしまったと言われており、文法上の間違いによる誤訳です。この誤訳がその後も長く信じ続けられてきた結果、今でもたくさんのキリスト教会のモーゼ像には、角があるものが見かけられます。
比較的最近では、1977年にアメリカのカーター大統領がポーランドを訪問した時の話があります。訪問にはロシア人の通訳者が同行したのですが、この通訳者はポーランド語にはあまり精通していませんでした。結果として、大統領がポーランドの国民に向けたメッセージの中で「私がアメリカを出発したとき(when I left the United States)」と言ったのを「私がアメリカを棄てたとき(when I abandoned the United States)」に、「あなたがたの未来の展望(your desires for the future)」と言ったにもかかわらず「あなたがたの未来の官能的欲望(your lusts for the future)」と通訳されるなど、大統領にとっては非常に不本意なメッセージが、今でも語り継がれることになってしまいました。これは、通訳者の未熟な言語力が招いた誤訳です。
カーター大統領のスピーチは幸い、国家的な危機につながるものではありませんでした。しかし文化の理解が足りなかったために、外交関係に重大な影響を及ぼしかねなかった誤訳もありました。旧ソ連のフルシチョフ首相が国連での演説の中で発した”we will bury you.“という言葉に関わるものです。通訳者がこれを、「あなたたちを埋めてやる」と直訳したために、議場は騒然となりました。実際のところ、彼が伝えたかったことは、資本主義は滅びゆくシステムであり、社会主義のほうが永く続いていく、という意味でした。それをロシアの慣用句をもとに「私たちがあなたがたの葬儀をしてあげることになる」と表現したのでした。通訳が話者の母語の慣用句を知らなかったことにより、語り継がれる誤訳が生まれてしまったのでした。
翻訳・通訳は文化理解から
これらのように言語は、語彙や文法の知識に裏付けられているだけでなく、その国の文化や慣習と切っても切り離せないほど密接に結びついています。さらに、話者が発する言葉、あるいは筆者が記した文章には、その人の価値観や考え方も反映されています。簡単に見える文章でさえ、実はその言語の特有の事情を含んでいることもあります。文化の差が、わずかなニュアンスの違いや、時に決定的な誤訳を生み出すことにつながりかねないことを覚えておく必要があります。翻訳・通訳は、文化への理解なくして成り立たないと言えるでしょう。
翻訳や通訳に携わる方で、誤訳を人々の記憶や記録に残したいと思う方はいないでしょう。言語の真意を伝える翻訳・通訳のために、言語自体の正確な理解もちろん、元の言語と対象の言語に含蓄される文化を、深く理解する姿勢が重要です。