実務翻訳の特徴とは?
グローバルビジネスが拡大しています。海外でビジネスを展開または成功させるために欠かせないものの一つが、契約書の翻訳です。関係者の利害を定義する契約書は、その解釈によって後々まで甚大な影響を及ぼす可能性があります。このきわめて重要な文書を翻訳するために求められる正確性は、他では見られないほど厳しいものがあります。
歴史上では、公文書の誤訳が争いにまで発展したこともあります。有名な話として、ニュージーランドの先住民マオリ族とイギリス政府の間で1840年に締結されたワイタンギ条約があります。この条約は、経験の浅い翻訳者が翻訳したことから、マオリ語で記された条約文(翻訳文)には、英語のそれと大きな違いが生じていました。イギリスは、マオリ族が英国君主に対して主権を放棄すると理解した一方、マオリ族は、双方で権力を共有すると理解したのです。この解釈の違いによって引き起こされた係争は長きにわたり続き、最近ようやく和解に向かいつつあります。
このように、契約関連の翻訳が国レベルでの争いにつながることはまれですが、現代においても、関係者間(国間)で締結される条約や公文書を正確に翻訳することは必須です。
実務翻訳のエッセンス
グローバル化が進み、ビジネスが一国内にとどまることのほうがむしろ少なくなった現代では、契約書をはじめとしたビジネス文書を関係各国の言語に翻訳するニーズが増しています。かつ、その対象となる文書には、特許関連文書、証言録取書、契約書、申込書、出生証明書、戦略ガイド、マーケティング文書、広告、財務諸表など複雑かつ専門的な文書が多く含まれます。
こうしたビジネス文書の翻訳は一般的に実務翻訳と呼ばれますが、ではこの実務翻訳に求められるスキルや要素とは、どのようなものでしょうか。詳しく見ていきましょう。
・専門用語
例えば法的な文書なら、日ごろ使い慣れている言葉とはまったく異なる法律用語であふれています。そして、それぞれの用語は各国の法律解釈にもとづき固有の意味を持っているため、それらをよく理解しておく必要があります。似たような言葉だからといって安易に置き換えれば、重大な誤解を招く文書になってしまいます。例を挙げてみましょう。中国語の“bixu”は、英語でいうmust(強調された義務)、shall(義務)、may(権利)、should(法的拘束力のない提案)といった複数の意味を持っています。このことを知らずに訳してしまうと、まったく意味の異なる文章になってしまう恐れがあるのです。これは法律用語に限りません。分野ごとにさまざまな専門用語や表現があるので、注意する必要があります。
・メタファー(隠喩、暗喩)
文化的背景が違う相手に話を伝える場合、比喩表現を使うと伝わらないことがあります。例えば“a snowball’s chance in hell”は、実現可能性がほぼゼロであることを指します。これは、炎が燃え上がる灼熱の地獄(hell)に雪玉(snowball)が存在する可能性(chance)はない、という発想にもとづいた慣用句ですが、もしも相手が雪の存在を知らない、または地獄に対するイメージがまったく違う場合、意図は伝わりません。「実現の可能性がない」というメッセージを伝えるには、各国の文化に合わせた表現に置き換える必要があります。
・納期
タイミングを逃せば商機を逃すことも多いビジネスの世界。使用する文書は多くの場合、必要に迫られており、翻訳にかけることができる時間も限られています。
・守秘義務
ビジネス文書の中で語られる内容は、多くが秘密性の高いものです。当然、翻訳者や翻訳サービスを提供する会社は情報を厳重に管理することをクライアントから求められます。万が一、翻訳者が特許や新製品の発売に関する情報を漏洩したとなれば、訴訟問題にも発展しかねません。
・法律
どの国も固有の法律を有しています。アメリカやカナダ、イギリスのように英語を話す国だとしても、法律に書かれている用語の意味や慣習は異なるため、十分な配慮が求められます。また、定義が比較的に厳格ではない法律を有している国で契約書を締結する場合は、解釈があいまいになる可能性があるため、きっちりと細部にわたり文書化する必要が出てきます。言うまでもなく、翻訳者が、翻訳文書が用いられる法的管轄区域における最新の判例や慣習に精通していることが必須でしょう。
信頼される翻訳者になるために
いかがでしたか。実務翻訳者は、翻訳する言語についてネイティブレベルの言語力だけでなく、文化的背景および該当する文書に関連する専門用語や法律、事例(判例)などさまざまな観点での知識を備えている必要があります。能力と知識、さらには、厳しい納期や情報管理といった実務遂行上のマナーを兼ね備えることができれば、信頼できる実務翻訳者となることができるでしょう。