実は怖い「句読点」目立たないのに影響は甚大
今回は、一冊の本を紹介します。Lynne Trussの「Eats、Shoots&Leaves:The Zero Tolerance Approach to Punctuation(邦題:パンクなパンダのパンクチュエーション―無敵の英語句読法ガイド―)」。イギリスで140万部、アメリカで100万部売れたという文法書で、著者はユーモアたっぷりに 句読点 の誤用について説明、というより嘆いているものです。タイトルになっている「Eats、Shoots&Leaves」として以下のような小話が紹介されています。
一匹のパンダがカフェに来て、サンドイッチを注文しました。
食べ終わると早々に銃を抜き、他の客を銃撃。出口に向かうパンダに向かって生き残ったウェイターが「なぜだ?」と尋ねると、パンダが肩越しに投げてきたのは、野生生物マニュアル。
「理由?俺はパンダだからさ。見てみろ。」と言いのけるパンダ。ウェイターは、マニュアルの中に書かれたパンダについての説明を見つけました。
そこに書かれていたのはひどい句読点の付いた解説「Panda. Large black-and-white bear-like mammal, native to China.Eats, shoots and leaves 」、つまり「パンダとは中国原産の白黒のクマのような大型哺乳類。食べて、撃って、去っていきます。」でした。
— Lynne Truss『Eats、Shoots&Leaves:The Zero Tolerance Approach to Punctuation』(Avery社 2006/4/11出版)から
Eatsの後にコンマが入っていために植物の芽の「shoots」と葉の「leaves」が、動詞となってしまっていることで、大変な惨事を引き起こしました。句読点のエラーは笑い話になることがあるかもしれませんが、ビジネスにおいては信頼と信ぴょう性に疑問を持たれ、時間とお金のロス、またはもっと悪い事態を引き起こしかねません。
句読点の詳細に注意すべし
句読点は、構文の作成だけでなく、文章を読み進める速度(リズム)、さらに文章のニュアンスにも影響を与えるものです。不適切な使用は、訳文の意味を損なうどころか、非常に読みづらい文章となる可能性があります。英語の主な句読点には、ピリオド、コンマ、アポストロフィ、セミコロン、コロン、引用符、ハイフン、ダッシュ、および括弧が挙げられます。それぞれの句読点が読み書きをする上で非常に大切な役割を果たしています。
構文全体の句読点を変更する際は、小さな変更であっても間違った意味にならないように注意することが不可欠です。例えば、let’s eat, grandma (おばあちゃん、食べましょう)の句読点をミスしてlet’s eat grandma(おばあちゃんを食べましょう)になってしまっては大変です。厄介な問題を抱えた言語を翻訳するとき、なぜ注意を払わなければならないかを理解するのは簡単なことです。小さな句読点が文章の意味を全く変えてしまいかねないことを常に意識しておきましょう。以下に、いくつかの使い方の例を示しておきます。
英語におけるピリオド(. )は分離を意味する記号です。文章としては主語と述語で完全に完結している文章の終わりにつきます。また、数字の小数点を表す記号として、ドルとセントを区別する記号として使われ、さらに略語(cmやkgなどの測定単位を除く)の後ろにも付きます。
コンマ(, )は文章の要素を分離するため、および要素を囲い込むために使用されます。等位接続詞でつながれる文章や、導入節を分離させる場合、省略構文、連続してリストを示すときの説明、都市や州または日と年などの要素の分離のような慣用句用法などに使われますが、技術英語には不要なコンマをつけ過ぎないようにとの注意も見られますので、適宜使い方の適切さを確認するようにしましょう。
引用符(“ ”と‘ ’)は、タイトルやアートワークなどの特別なアイテム、他所から引用された語句を周辺の文章と区別するために使われます。文章中では、二重引用符の中の囲い込みに単一引用符を用いるのが一般的です。意味を定義する語句、標準とは異なる用語の使い方、造語、技術用語などにも使われます。造語や技術用語の場合は、初出時のみ引用符を付けることを覚えておきましょう。
ややこしいのは、英語以外でも句読点を使用する言語が多々ありますが、英語のルールが他の言語と一様に同じとは限らないことです。句読点を引用符または括弧の外側に出すか、内側に置くか、英語(イギリス英語)と米語(アメリカ英語)でも異なります。他に、見落としがちなのは数字、時刻、日付の使用法です。数字の間のコンマまたはピリオドの使い方、日付の年月日の表記順などが異なる場合があるので、原文が何語かによって確認が必要なこともあります。
略称表記:ユーロ1,0 Milとユーロ100.00万は同じ?
数字の表記については略称の使用についても見落とさないようにしなければなりません。例えば、Euro 1,0 Mil あるいは Euro 1.0 millionと書かれていた場合、この2つは同じ数字(額)を示しています。略称の使用は、単なるスタイルの問題のように思えるかもしれませんが、使用する句読点、句読点を入れる位置を間違えたり単位を読み間違えたりすると、文書全体の意味が変わる可能性があります。数学的および科学的な論文で、文中または数式、図表の解説などに書き記す場合、句読点は論文の内容を正確に説明するだけでなく、実験/研究のプロセスを順序だてて説明するためにも重要です。
原文と訳文を見比べる
英語は、ビジネス界での共通語としての地位を獲得してはいるものの、現地語から英語またはその反対に、英語から現地語に翻訳する場合、英語のルールが一致するとは限りません。多くの言語には、ドイツ語の文字(ä、ö、ü、ß)のように、文字の上部に何か付くだけで単語の発音および意味を変えてしまうアクセント記号や特殊文字があります。他の言語の句読点の多くが英語では利用できないことも翻訳を複雑にする一因です。フランス語では、文字の上下に付いているアクセント記号の方向(右上がりのアクサンテギュ、右下がりのアクサングラーヴなど)によって発音が変わります。さらに、フランス語では句読点の前後にスペースが必要です。アラビア語やウルドゥー語などの一部の言語では、言語は右から左に読み取られ、疑問符とコンマは逆向きに書き込まれます。縦書きと横書きを併用する日本語も他言語の人から見れば奇異なものなのでしょう。
その他に句読点とは別の文章作成のルール、マージン(枠外の余白)とインデント(字下げ)についても補足しておきます。ともに読みやすくレイアウトするために挿入するものなので、大きな問題ではありません。ただし、誤った段落校正、不適切なマージン、ドキュメント内のスペースの欠落によって、読みづらくなってしまったり、賛同意見と反論の違いに誤解が生じたりする可能性があるので、この点にも注意が必要です。
論文の著者は、ソース言語またはターゲット言語の句読点のルールを熟知しておく必要はありませんが、翻訳者には必須の知識です。翻訳者は、分野の専門家であるだけでなく、両言語の文化的背景もしっかりと把握し、ターゲット言語とソース言語のネイティブレベルの言語知識を持っていることが求められるのです。
文中では小さな句読点への注力が薄れたときには、パンクなパンダの小話を思い出して、その存在感、影響の大きさを思い出してください。
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