知らないと痛い目に?アジアと欧米の文化ギャップ
翻訳をする際には、翻訳する元の言語と翻訳する先の言語を理解しているだけでなく、その背景にある双方の文化を理解することも重要だ、と言われます。例えば、慣用句や比喩を単に翻訳しても、翻訳する先の言語ではまったく意味をなさず、理解されないことがあります。また、ある程度婉曲な表現が好まれる文化圏がある一方で、直接的な表現が好まれる文化圏もあります。コミュニケーションスタイルを間違うと、本質的な理解が得られる前に悪い印象を持たれてしまうことがあり得ます。これこそ、翻訳する先の文化を理解することが求められる所以です。
文化のギャップはビジネスにも影響する
この言わば言語ギャップならびに文化ギャップは、当然ビジネスの世界にも存在します。企業がグローバル展開を図る際には、参入予定国の言語だけでなく、文化も十分に理解しておかなければ、事業の成功は得られません。近年、中国を筆頭とした経済的ポテンシャルの高いアジア地域に、欧米諸国の企業が続々と参入していますが、苦労も多いようです。
まず、アジアの多くの国々では、自分の意見をストレートに主張することは好まれません。相手の立場に配慮することが大切とされ、直接的な物言いで相手の面子をつぶすことは非常に嫌がられます。また、信頼関係を築くために時間を費やす傾向があります。例えば、中国人のビジネスマンが取引相手に「今回の取引によって自分たちには儲けがないとしても、あなた方とは特別な価格で取引しますよ」と言ったら、その真意は、中国でのビジネスはお金よりも信頼関係に重きを置く、という点にあります。実際には儲けが出ないような取引はしませんが、こうした含意をつかめない欧米人は、中国人の言葉を鵜呑みにしてしまい、中国人の言動に不信感を抱くかもしれません。そして、彼らとはビジネスできない、と考える可能性もあるのです。
一方、欧米では、本題になかなか入らずその周辺の話をすることは、自信がないからと思われる傾向があります。相手との距離感や面子を考えて婉曲的な表現で時間を費やすより、直接的な表現で単刀直入に話を進めることを好みます。時間とコストをつなげて考え、効率的に物事を進めようとするわけです。欧米人はコストパフォーマンスを重視する、と考えたほうがよいでしょう。
文化ギャップで撤退した企業も
文化ギャップでビジネスの撤退に追い込まれてしまった企業もあります。インターネットオークションを展開する米国企業eBayは、アジアに進出する際、アジア3か国(日本、韓国、シンガポール)に同じビジネスモデルを適用しようとしました。ところが、この3か国のうち日本では、手痛い教訓を得ることになりました。というのは、オークションサイトでは、通常、落札者のほうが出品者よりも立場が強いのですが、日本では立場が逆で、出品者のほうが落札者よりも立場が強いという特徴があります。実際、日本では、出品者がオークション期間中にいつでも入札を中止することができ、それに対するペナルティは特にありません。eBayは日本にこうした慣習があることを知りながらも、出品者が期間中に入札を中止した場合にペナルティを課そうとしました。慣習と異なるルールは日本で許容されることはなく、先行する他のオークションサイトとの競合もあって、eBayは出品者を増やすことができませんでした。業績低迷の結果、進出から3年の2002年3月末に、撤退を余儀なくされました。
eBayの撤退は、アジアだからといって同じビジネスモデルが同じように受け入れられるとは限らないという事例になりました。国によって顧客は異なるニーズを持っています。複数の国でビジネスをするには、それぞれの国の文化や慣習を学び、理解し、それらに柔軟に適応する努力が必要になります。
コミュニケーションの秘訣
このように、東西では言語だけでなく、言葉の表現の仕方はもちろん、文化がまったく違います。文化ギャップが起こる理由の一つは、言語と非言語に重きを置く割合(コミュニケーションスタイル)が異なるからです(日本は非言語を重視する傾向があり、阿吽の呼吸や暗黙の領域などが、それに当たるでしょう)。歴史や宗教などが育んできたその国固有の文化を理解して初めて、対等なコミュニケーションが成り立つと言っても過言ではありません。
言語は、それを使用する集団の文化に深い関わりを持っているため、誤解のない意思伝達を行うためには言語と文化は切り離せません。よい翻訳をするためには言語能力に加えて、異文化に対する知識と教養を備えていることが必要とされるのです。