誤訳、悲喜こもごも
同じ言語を使って話をしていても、ちょっとした言い間違いや言葉足らずな表現が原因で誤解を招くことは多々あります。これが通訳を通した二言語間の会話となると、国の代表という一流の人たちの間でも、言い間違いや誤解のリスクはゴロゴロ転がっています。そういった国の代表者たちの間で起きる誤訳は、思わず失笑してしまうような、愉快な事態を引き起こすこともあれば、国同士の関係を悪化させる深刻な事態を招く危険もあります。今回は、各国で実際に起こった誤訳をめぐる悲喜こもごものエピソードをご紹介します。
まずは、明るい(?)話題から。
2011年4月に、中国の温家宝(ウェン・ジアバオ)首相がマレーシアを訪問したときのことです。盛大に催された歓迎式典には、マレー語で「温家宝閣下マレーシア訪問の正式歓迎セレモニー」と書かれたパネルが掲げられていました。そしてその下には、首相を心から歓迎する思いからか中国語への翻訳が書かれていました。ただ、この中国語訳が「正式歓迎セレモニー。彼と一緒の温家宝閣下、マレーシア正式訪問」という意味不明のものだったのです!
事態は、歓迎式典の翌日、マレーシアのナジブ首相が温家宝首相に謝罪し、笑い話として収拾・・・かと思われましたが、2カ月後の6月、台湾の『聯合新聞』が「笑える話」として取り上げ、マレーシア政府は再度恥ずかしい思いをさせられることとなりました。
調査の結果、中国語訳は大手検索サイトであるgoogleの翻訳サービスを利用して行われていたことが明らかとなりました。便利なサービスも過信することなく用心が必要というわけです。
このお話は、相手に対する好意的な歓迎の気持ちから生まれ、相手の好意的で寛大な対応で何事もなく笑い話として終わりました。公式の場で大恥をかくのは、誰にとっても嫌なことですが、誤訳の害は最小限にとどまったといえます。
しかし、同じ誤訳でも、周辺の国々を巻き込み、国の名誉をかけた口論に発展する場合もあります。
2012年8月、イランの首都テヘランで開催された首脳会議で、エジプトのモルシ大統領が演説でシリアの政権を非難したときのことです。モルシ大統領が「シリア」というたびにイラン国営放送のペルシャ語通訳者が「バーレーン」と訳したため、モルシ大統領がバーレーンを非難したと思ったペルシャ語話者の聴衆が混乱しました。その後の調査で、通訳者の誤訳だと判明すると、バーレーンの国営放送は「事実のねつ造であり、報道機関の行為として受け入れられない」と述べ、内政干渉だとイランを強く批判し、正式謝罪を要求するまでにいたりました。イランの国営放送は単なる誤訳だと述べました。一方で、議長国であるイラン政府が、イラン人である通訳に圧力をかけて意図的に誤訳させた、という説も飛び交いました。イランはシリアの同盟国なため、そのような説が上がったのかもしれません。
このように、スンニ派とシーア派の危うい関係が渦巻く中東では、「国名を間違えた」だけでは済まされず、 複数の国をまたがった宗教的抗争のような論争へと発展することがあるのです。
好意的な気持ちから発生した誤訳だからといって、笑い話で終わるとは限りません。本当の国際化を目指し、自分の気持ちに正直に、そして相手の立場からみても自分の気持ちが率直に伝わるように外国語のスキルを磨きたいものです。