日本語と英語のコミュニケーションスタイルの違い
「ハイコンテクスト文化」と「ローコンテクスト文化」という概念をご存じでしょうか。これは、1970年代に文化人類学者であるエドワード・T・ホール氏によって提唱された概念で、国や地域におけるコミュニケーションスタイルの特徴を表すものです。コミュニケーションの中で、言葉に重きを置く(ローコンテクスト)か、言葉以外の意味に重きを置く(ハイコンテクスト)か、というスタイルの違いを意味します。言語の翻訳や通訳は、言葉の置き換えだけでも大変な作業ですが、言葉にならない所作や合図まで配慮するとなると、さらに難易度が上がります。しかしそれぞれの特徴を知ると、翻訳や通訳を行う際に気を付けるべき点がわかるようになります。早速見ていきましょう。
「ハイコンテクスト文化」と「ローコンテクスト文化」
まず、ハイコンテクスト文化とは、コミュニケーションが価値観、感覚といったコンテクスト(文脈、背景)に大きく依存する文化を指します。コンテクストには、話されている言葉や書かれている言葉そのものには含まれないボディランゲージや声のトーン、時には話者や著者の地位や立場までも含まれます。日本語は、その代表例と言えるでしょう。ホール氏によれば、中東、アジア、アフリカ、南米がハイコンテクスト文化を持つ地域とされています。これらの国では、直接的でなく持って回った表現が好まれます。
逆に、ローコンテクスト文化とは、コミュニケーションがほぼ言語を通じて行われ、文法も明快かつ曖昧さがない文化を指します。北米、西欧がローコンテクスト文化であり、英語はその筆頭であるとされています。これらの地域では、形式的な言葉や飾り立てた表現は必要なく、問題とその解決策を端的に言語で表現することが好まれます。また、受け手は言語で表現された内容だけを文字通りに理解する傾向があります。
このように、国や言語によってハイコンテクストかローコンテクストか傾向が分かれます。ハイコンテクスト文化圏の日本人がローコンテクスト文化圏のアメリカ人と仕事をすると、「日本人同士なら1を聞いて10を知るのが当たり前なのに、アメリカ人に対しては10言っても1しか理解してくれない」というようなぼやきが聞かれることがありますが、これはコミュニケーションのスタイルそのものが異なることに起因しているのです。
文書に表れる両者の特徴
では、文章上、両者の違いはどのように表れるのでしょうか。ハイコンテクスト文化圏では、読者はすでに背景や前後関係を理解しているだろうという前提で文書が作成され、詳細には触れません。したがって、まったく初めてその文書を読んだ人は、前提となっている内容を理解するのに苦労する可能性があります。
一方、ローコンテクスト文化圏では、異なる文化の読者は異なる解釈をするのではないか、など余計なことは考えず、読者は文書の中に書かれていることを文字通りに解釈すると考える傾向があります。例えるなら「行間を読め」などとローコンテクスト文化圏で言ったら「どこに書いてあるの?」となってしまうかもしれないということです。2つの文化の差が大きな問題となる恐れがあるのは、ビジネス文書でしょう。特に契約書のような文書の場合、ハイコンテクスト文化の人間によって作成された文書は、これくらいのことは言わなくても当然わかるだろうという考えから記載が省かれていることがあるため、ローコンテクスト文化の人間は、異なる前提条件の上で契約内容を理解することとなってしまい、問題になる可能性があります。逆に、ローコンテクスト文化の人間が作成した文書をハイコンテクスト文化の人間が読むと、過度に端的な言葉やストレートな表現で記載されているため、配慮にかけた失礼な文書だと捉える可能性もあります。
誤解のない翻訳文書を作成するために
このようなコミュニケーションスタイルの違いを踏まえ、双方に誤解なく受け入れられる翻訳文書を作成するためには何が必要なのでしょうか。大切なのは、翻訳する先の言語の文化や読み手の特徴を前もって把握しておくことです。そのためのアプローチの一つとして、過去に書かれた文章から、読み手にとって自然な表現となっている文章を探し、もしあれば、それをテンプレートとして流用することです。そしてもう一つ、対象言語の文化に精通している人に文書を見てもらい、フィードバックをもらうことも有用です。
グローバルな環境でさまざまな言語を扱う以上、ハイコンテクスト/ローコンテクストの違いを認識しておく必要があります。翻訳者であれば、言葉の意味だけでなく、コミュニケーションスタイルと文化的背景について調べることは、翻訳の下準備として欠かせません。翻訳者は、言語および専門分野に精通しているだけでは十分とは言えない時代です。
とはいえ、ハイコンテクスト/ローコンテクストを意識したコミュニケーションが必要なのは、違う国や文化圏の言葉を扱う時だけではありません。母国語の日本語で話していても、世代や地域の差によって、ハイコンテクスト/ローコンテクストな違いを感じることがあるはずです。言葉では表されないコミュニケーションスタイルに、日ごろから気をつけておくべきなのかもしれません。