欧州連合臨床試験規則 (CTR) が求める多言語での文書化について

2022年1月31日に全面施行された「欧州連合臨床試験規則」(European Union Clinical Trials Regulation。CTRと略される) は、欧州全域で臨床試験に関する文書に求められるものを再定義したものです。この規則以前の欧州連合の各国は、臨床試験を承認し管理する手続きが一元化されておらず、多くの場合で各国間の不一致や試験の遅れ、費用の増大につながっていました。この規則の目的は、「臨床試験情報システム」(Clinical Trials Information System: CTIS) と呼ばれる統一システムを通じて臨床試験の申請・評価・監視を一元化することで、これらの問題に対処することにありました。この一元化により、多言語間での一貫した文書化など、臨床試験の透明性と効率性が向上しました。

多言語での文書化が重要な理由

多くの臨床試験には、様々な言語を話す複数の国の研究者や参加者が関わります。欧州連合の臨床試験規則は、翻訳について定めており、研究者・参加者・規制機関の全員が臨床試験に不可欠な情報を利用でき、理解できるようにしています。以下、このことが重要な理由をお話しします。

  1. 参加者の臨床試験への理解
    参加者は、自分が何に参加しているのかを正確に知る必要があります。記入用紙や説明文書を参加者の言語に翻訳することで、参加者は臨床試験のリスク・利益・手順を充分に理解できるようになります。
  2. 規制機関の業務効率化
    欧州連合各国の規制機関は、臨床試験を承認し監視するために、関連文書を審査しなくてはいけません。これらの文書は、臨床試験が行われる国の公用語に翻訳する必要があります。
  3. 社会的信頼の構築
    欧州連合の臨床試験規則は透明性を重視しており、試験の結果は一般の人々と共有しなくてはいけません。臨床試験の結果を明確でわかりやすい言葉で提供することにより、医学研究に対する信頼を築けます。

翻訳が必要な書類とは

欧州連合の臨床試験規則は、翻訳せねばならない文書の概要を示しています。

  1. 参加者向けの文書:
    インフォームド・コンセントなどの同意書、患者向けの情報パンフレット、参加者の募集資料などの文書は、参加者が話す言語で作成する必要があります。これは、臨床試験への参加について、参加者が正しい情報を基に意思決定するのに役立ちます。
  2. 規制機関向けの文書:
    臨床試験の実施計画書、責任者である医師用のパンフレット、安全性報告書などの主要文書は、臨床試験が実施される国の公用語に翻訳しなくてはいけません。
  3. 一般向けの文書:
    臨床試験の結果は、誰もが理解できる平易な言葉で共有される必要があります。医療専門職だけでなく、すべての人が情報を利用できるようにしなくてはいけません。

臨床試験における翻訳の課題

臨床試験に関する文書の翻訳には、綿密な計画、正確さ、そしてきわめて専門的な知識が必要です。主な課題は下記の通りです。

  1. 厳しい締め切り:
    特に安全性報告書のような緊急情報において、規制機関は文書を迅速に必要とすることがよくあります。これらの締め切りを守れないと、臨床試験の開始が遅れたり、取り消されることさえあり得ます。
  2. 言語間の一貫性
    複数の言語で同じ意味を確保するのは難しいことです。間違いや矛盾は、臨床試験の参加者を混乱させたり、臨床試験の承認に関わる問題につながる可能性があります。
  3. 複雑な医学用語
    臨床試験では、専門用語や科学用語が使われます。翻訳者は、これらの用語を正確に伝えるとともに、専門家でなくても理解できるようにしなくてはいけません。
  4. 要求の変化
    何をどう翻訳する必要があるかについての規則は、定期的に更新されます。臨床試験の依頼者は、規則を遵守するために、常に情報を得る必要があります。

翻訳会社の役割

これらの課題に対処するため、臨床試験の依頼者の多くは、医療の規制に関する文書の翻訳を専門とする翻訳会社を利用しています。翻訳会社との提携は、様々な点で役立ちます。

  • 専門の翻訳者
    翻訳会社は、医療用語と科学用語に精通した専門家を起用し、翻訳を正確かつ文化面でも適切なものにします。
  • 迅速で信頼できる翻訳工程
    多くの翻訳会社は、翻訳の高い質を維持しつつ納期を早めるために、翻訳メモリや人工知能といったツールを使用します。
  • 規制に関する知識
    翻訳会社は、欧州連合の臨床試験規則が翻訳について定めた最新の内容を把握して、依頼者が重要な点を見逃すことなくすべての必要条件を満たすことができるようお手伝いします。
  • 一元化されたシステム
    多くの翻訳会社は、すべての文書の翻訳を一元的に取り扱いプロジェクトを管理するプラットフォームを使用して、翻訳ミスを減らし、一貫性を確保しています。
  • 費用対効果
    経験豊富な翻訳会社に依頼すれば、長期的には費用対効果を高められます。翻訳の誤りや遅れは、修正、規制機関からの追加の質問、また臨床試験の延期につながり、全体の費用を増やす可能性があります。

翻訳のベストプラクティス

翻訳の依頼者は、翻訳を効果的に管理するために、いくつかの段階を踏むことができます。

  1. 早く着手する
    臨床試験の最初から翻訳を計画します。翻訳が必要な文書と、必要になる時期を特定します。
  2. 専門家との協力
    翻訳先の言語の文化的背景と専門用語を理解した、専門の翻訳者に依頼します。
  3. 翻訳の一元化
    すべての翻訳を単一のプラットフォームで管理して、文書の一貫性を保ち、更新しやすくします。
  4. 複数人で正確さを点検する
    逆翻訳などで品質を点検します。逆翻訳とは、翻訳した文書を元の言語に翻訳し直し、細部が失われたり変わったりしていないのを確認することです。
  5. 文化の違いへの対応
    語句の中には、直訳できないものも、別の文化では異なる意味合いを持つものもあります。誤解を防ぐために、このような細かな意味合いを理解している翻訳者に仕事を依頼しましょう。
  6. 最新情報の取得
    欧州連合の臨床試験規則が変更されると、翻訳が必要な文書や書式に影響する可能性があるため、常に最新の情報を入手します。
  7. その次にやるべきこと
  • 臨床試験の各段階について、「翻訳チェックリスト」を作成します。
  • 翻訳会社との関係を確立してから、臨床試験に関する文書を仕上げます。
  • 「臨床試験情報システム」に、翻訳の点検と承認を含む工程を設定します。

臨床試験を公正で利用しやすいものに

欧州連合の臨床試験規則が翻訳に求める内容は、単なる規則や規制以上のものです。その目的は、使用する言語にかかわらず誰もが臨床試験を実行・利用できるようにすることにあります。臨床試験の依頼者が正確でわかりやすい翻訳を提供すれば、臨床試験の参加者は、充分な情報を得て確信を持つことができます。また、規制機関は臨床試験を効率的に審査でき、一般の人々も研究を信頼できます。特に、専門的すぎない明瞭な言葉で書かれた臨床試験結果の平易な要約は、臨床試験で明らかになったことを伝え、一般の人々の関与を強めるのに役立ちます。

まとめ

翻訳とは、法律の要求を満たすためだけのものではありません。臨床試験文書の翻訳は、臨床試験の参加者、研究者、規制機関、そして一般の人々の誰もが公平かつ安全に臨床試験に関われる仕組み作りの一環なのです。臨床試験の依頼者は、質の高い翻訳に投資し、文化的背景を考慮し、専門的な翻訳会社と提携することで、臨床試験をより多くの人が信頼して関われるものにすることができます。これは、欧州連合臨床試験規則の目標を達成するために役立つだけでなく、欧州全体の医学研究の今後の可能性を高めることにもなります。臨床試験の依頼者は、多言語化とわかりやすさに優先的に取り組むことで、規制に関する手続きをより円滑に進め、臨床試験に参加し続けられる人を増やし、世界の研究共同体における評価を高めることができるでしょう。

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